「ガンダム00」作中での『ガンダム』のシンボリックな扱い方は尋常じゃなかったみたいですね。
みたい、というのは実はガンダム00、
観てなかったからなんですが。1話に出てきたやたら神々しいガンダムなんかはその典型例ですわな(1話のさわりの部分だけ動画配信で観てたり)。
でも本題はガンダムじゃなくって(おい)。
この1話の冒頭部分で、主人公である少年兵の独白が確か「この世に神はいない」でしたっけ。
この少年兵のような極限状態に置かれなくても、この発言は我々大多数の日本人には比較的すんなり受け止められると思うのですよ。
大多数の日本人は、特定の信仰を持っているわけではないのですから。
(私見ですが、私を含む大多数の日本人は『宗教』なるものに対してアレルギー的な拒否反応を示しがちなようにも思います。これは近代日本では宗教が専ら政治的なプロパガンダや悪徳商法にばかり利用されてきたためだと考えますが、これ以上は日本近代史や宗教社会学、とりわけ西欧的近代社会における宗教の機能、あるいはカルト教団についての詳細な研究が必要と思われます。そしてそれはこのブログの論点ではないため、遺憾ですが参考文献を挙げることもできません。機会があったら調べてみようかしらん)……脱線が過ぎましたね。
さて、この『神はいない』という発言。
これ、神(絶対者)の存在を前提する信仰を持つ人にとっては受け入れがたいことらしいです。
信仰の大前提が否定されてしまうわけですから。
今回私が買った
「破綻した神 キリスト」という本は、この『神はいない』という結論を出し、ついに棄教するに至った聖書学者のノンフィクションだそうです。
『神はいない』という結論それ自身は、私にとって新鮮味のあるものではないことは前述のとおり。
ですが、そこに至る(苦悶を伴う)思考のプロセスというのはいったいどういうものだったのか、なかなか興味深いところです。
とくに旧約・ヨブ記について触れた章は面白そう。
ヨブ記はユング(でしたっけ?)が『ヨブへの答え』なんて著書を執筆したり、議論のある部分ですからね。
自分もヨブ記は『いくらなんでもこりゃねーだろ?』と思っていた部分なので気になります。
……あ、別に『人の不幸は蜜の味』ってわけじゃありませんヨ?
別に、棄教しようとするキリスト教徒の苦しみを見てニヤニヤしようってんじゃありませんヨ?
こらそこ信じてないな。
(どうでもいいが、『〜〜じゃありませんよ』と打とうとすると『〜〜じゃありませにょ』となってしまって困る)
さて、PCが手元に戻ってくるまであと4,5日ってところか〜。